ヨーグルト

毎日新聞2016年6月9日 東京夕刊

 人間の腸内には約1000兆個のさまざまな細菌がすみ着いている。腸内の壁面に細菌が種類ごとに分かれてびっしりと張り付いた様相は、花畑(フローラ)に見えることから「腸内フローラ」と呼ばれる。健康に大きく関わる腸内フローラの基礎知識と整え方を紹介しよう。【庄司哲也】

免疫機能の7割が集中/ヨーグルトを毎日100グラム/便の微生物移植治療も

 「人間の細胞総数は約60兆個ですが、腸内に生息する細菌の数はその十数倍です。健康に影響を与える腸内環境を知ることは『もう1人の自分を知る』ことにつながります」と、説明するのは健康院クリニック(東京都中央区)の院長、細井孝之さんだ。

 まず、腸内細菌を説明しよう。ビフィズス菌、乳酸菌など健康維持に貢献する「善玉菌」▽クロストリジウムなど有害物質を生み出す「悪玉菌」▽バクテロイドやプレボテラなど体が弱った時に悪い働きをする「日和見菌」??と大きく三つに分類できる。

 腸内では善玉菌と悪玉菌が勢力争いをしており、バランスの取れた状態が「良好」とされる。だが、悪玉菌が優勢になると腸内環境が悪化してしまう。腸の働きが悪くなり、便秘や下痢、免疫力の低下などを引き起こす。さらには大腸がんを発症する恐れもある。細井さんは「体の免疫機能のうち7割以上が腸に集中しています。腸は消化器であるばかりでなく、免疫器官でもあるのです」と説明する。

 では、バランス良好の状態は、どのような細菌の比率なのだろうか。細井さんによると、善玉菌が10?20%、悪玉菌が10?20%、日和見菌とその他を合わせて60?70%程度だという。

 善玉菌を増やせば健康になると考えがちだが、細井さんは「善玉菌が多ければ良いというものではない」とやんわりと否定する。「動物の生態系と同じで、人間には害獣でも生態系の中で重要な役割を担っている動物がいます。これは腸内にも言えることで、腸内フローラの良好なバランスを保つことが大切なのです」。「悪玉菌」に属する腸内細菌の中には、免疫細胞を作ったり、過剰な免疫を抑えたりするなど重要な働きをしているものもあるからだ。

 腸内環境を調べるために、クリニックでは「フローラチェック」を行っている。ごく微量の便に含まれる腸内細菌の遺伝子を調べ、6種類の細菌のバランスで腸内フローラを示す検査だ。約3週間で結果が分かり、料金は腸内フローラ検査料2万5000円、ほかに初診料2万1000円かかる。

 腸内フローラの整え方について、「あなたの知らない乳酸菌力(パワー)」などの著書がある新宿大腸クリニック(東京都渋谷区)の院長、後藤利夫さんに聞いた。腸内フローラを悪化させるのはストレスや運動不足などだが、大切なのは食事。その中でも善玉菌に属するビフィズス菌や乳酸菌を含むヨーグルトを勧める。「花畑にどんな花が咲くのかという点は、土壌と植物の相性が大きい。ヨーグルトも同じ。自分のおなかと相性の良い商品を見つけましょう」

 ただ、スーパーなどには多くの商品が並んでいて何を買えばいいのか迷ってしまう。そこで後藤さんが注目してほしいと挙げるのが、ヨーグルトに使われている菌の「株」の種類だ。

 後藤さんはこう解説する。「株の種類は多く、あるとされる効果も多岐にわたるので、試したい商品のメーカーのホームページで株の特徴を確認することです」

 食べ方については「同じヨーグルトを1日100グラム程度、2週間食べ続けましょう。数日間はおなかが緩くなるなど調子が変わることがありますが、それは腸内フローラが変化したサイン。そこでやめてはいけません。ただ、おなかが快調と感じられない状態が1週間以上も続くようならば相性が良くないと判断し、別の商品に切り替えましょう」と後藤さん。

 アルコールの多量摂取や肉中心の食事も腸内フローラの乱れにつながってしまう。花畑と同じように手を入れないと腸内環境は荒れてしまうのだ。

 腸内フローラに注目し、大腸の粘膜に慢性的な炎症や潰瘍が生じる「潰瘍性大腸炎」の治療法が研究されている。難病に指定されるこの病気は激しい下痢や腹痛を起こす。安倍晋三首相も患っていることでも知られ、現在の国内の患者数は約17万人。原因は免疫の異常と考えられているが、腸内フローラのバランスの乱れが関わっていることが分かってきている。ならば、健康な人の腸内細菌を移植して新たな腸内フローラにすれば治療できるのではないか??。この発想に基づいて移植に使われるのが「腸内細菌の宝庫」である便だ。

 順天堂大付属順天堂医院(東京都文京区)では2014年から潰瘍性大腸炎を対象に「便微生物移植(FMT)」の臨床研究に取り組んでいる。FMTで治療する試みは、研究の先端のオランダやカナダでも実施。ところが、最近の報告では「一定の効果があるが、治療効果は明らかではない」との結果も出ている。そこで、同医院では患者に3種類の抗生物質を服用してもらい、腸内フローラをリセットしてからFMTを行う新たな療法を行っている。

 研究責任者の同大消化器内科准教授の石川大さんは「ボロボロの家を更地にした後にきれいな家を移築するイメージ。その方が移植した腸内細菌が効果的に定着しやすいと考えました」と説明する。使うのは健康な人が排便してから6時間以内の便。空気に触れると多くの菌が時間とともに死滅するためだ。この便を生理食塩水と混ぜ、フィルターでろ過して、液状の便を内視鏡で大腸内に注入する。

 これまでの症例数は約50人。石川さんは「便移植そのものには副作用がなく、薬物療法に抵抗性や副作用のある方に役立つと考えています。さらに長時間の観察、分析が必要ですが、確実に治療効果が得られています」と話す。

 腸内フローラを大切にする生活で、健康を維持したい。

via:毎日新聞